シューベルト『冬の旅』:第22曲「勇気を出せ」~欝の「幻日」と表裏一体の躁状態、アンティフォナ

22.勇気を出せ

雪が顔に当たるなら
払い落としてやろう
胸の内で心が訴えるなら
明るく陽気に歌ってやろう

聞くな 心の言うことを
少しも耳を貸すんじゃない
気にするな 心の嘆きを
嘆きは愚者のすることだ

朗らかに世の中へ出て行こう
風と嵐に逆らって
この世に神がおられぬのなら
僕らが神になってやれ!

22.Mut

Fliegt der Schnee mir ins Gesicht,
Schüttl' ich ihn herunter.
Wenn mein Herz im Busen spricht,
Sing' ich hell und munter.

Höre nicht, was es mir sagt,
Habe keine Ohren.
Fühle nicht, was es mir klagt,
Klagen ist für Toren.

Lustig in die Welt hinein
Gegen Wind und Wetter;
Will kein Gott auf Erden sein,
Sind wir selber Götter!

「旅籠」で死を思い止まり、気を取り直して再び旅立つ主人公。それをあざ笑うかのように、風が雪を顔にぶつけてきます。ことさらに言い立てる第二連、第三連は、死を思い止まったといっても、決して苦悩が和らいだわけではないことを反語的に強く訴えています。最後の誇大妄想的発言が象徴する、主人公には出来もしないことを並べ立てた、躁状態とも言える空しい勇気の表明でしょう。そして次の「幻日」では、案の定一気に落ち込んでしまいます。同じ精神状態の躁と鬱の表裏ともいえる「勇気を出せ」と「幻日」は、ミュラーの順序では前後関係が逆でしたが(位置的には連続しているわけではない)、シューベルトの構成では「旅籠」の後となるこの二篇を入れ替え、「ならば進もう ただ進むのみだ 僕の誠実な旅の杖よ」にこの詩を繋げたのは非常に効果的処置と思います。

第二連は普通主語のichを省略した形に解釈されていますが、ここでは命令形に近づけて訳しました。この詩集に何度か出てきた、第三者的な語りかけの形で、自分を鼓舞していると読んだのですが、こうすると第三連に突然現れる謎の「僕らwir」の解決が図れます。もちろんそれは自分自身と、それを第三者的に見る自分ということです。

タイトル"Mut"は、ミュラーの原詩では感嘆符がついて"Mut!"でした。「勇気を!」ということになり、命令形のニュアンスがあります。これは第二連を命令形にすることの依拠のひとつとなるでしょう。その訳を感嘆符無しの「勇気を」にすると少し弱いので、意訳で「勇気を出せ」としました。わたしはこれまで、シューベルトによる歌詞の感嘆符省略は、楽譜の指定以外でその部分を強調されるのを恐れてのことではないかと推測していたのですが、タイトルでも行っているとなるとその見方は崩れます。

それにしてもこの最後の二行の発言は、程度はともあれ、反キリスト教的と読まざるを得ないと思いますが(註1)、タイトルにあった妥当とも思われる感嘆符さえ省略するシューベルトが(第三連二行目にもあったのを省略)、珍しくこの終わりには元々原詩にない感嘆符を加え、第三連をmf→fで繰り返しているのは注目されます。むしろミュラーがここに感嘆符をつけなかったことが意外にも思われますが、検閲のことを考えると一番問題になりそうなところなので、多少遠慮したのかもしれません。

この詩につけられたシューベルトの音楽に大変面白い解釈があります。歌の後にピアノの合いの手が入る形が、教会の司祭と会衆の交唱(アンティフォナ)を描いているというのです(註2)。その是非はともかく、そう思って聞いてみるとこの歌は大変面白く、ゼレチュ滞在時に書いた兄宛の手紙に書かれたエピソードでも思い出していたのではないかと考えるのも楽しいでしょう(註3)。

註:

1)ミュラーは『冬の旅』の実体験となった旅をする前のブリュッセル時代、反キリスト教・無神論者を宣言するソネットを書いている。「僕は神を否定する―もうあとには引けない、/僕をとにかくおまえたちのリストから消してくれ、反キリスト者として、無神論者として」(渡辺美奈子「『冬の旅』の根底にあるもの――ヴィルヘルム・ミュラーのベルリン、ブリュッセル時代――」 『ゲーテ年鑑』第48巻所収 (日本ゲーテ協会)87頁)。
但し、同論文によれば、ミュラーはベルリン帰還後に敬虔な信者であったルイーゼ・ヘンゼルを愛するようになってからキリスト教世界に戻り、自らの無神論時代を反省している(同93-94頁)。『冬の旅』が書き始められたのは、その恋も破れてから5年後の、幸せな結婚をして後のことである(同91頁)。

2)エリカ・ボリースによる。参考サイト:
・渡辺美奈子  「宿」で暗示されたキリスト教批判 2008. http://www.ne.jp/asahi/minako/watanabe/wirtshaus.htm#antichrist

3)シューベルトはゼレチュ滞在時、1818年10月29日付けの兄への手紙に当地の教会と信者への批判を書いている。
「(前略)兄さんには想像もつかないだろうナ、ここの坊さんときた日には、老いぼれた駄馬みたいに偽善者で、ロバの親方みたいにバカで、水牛みたいにガサツな連中ばかりなのだ。お説教を聞いていると、あの悪徳に骨まで染まったネポムツェーネ神父でもまったく顔色なしというくらいヒドイものだ。祭壇の上には道楽者や非行少年どもがワンサカひしめいていて、この連中に思い知らせてやろうとするなら、死人の頭蓋骨を持ってきて祭壇の上に突き出して、こう言ってやるしかない。罰当たりのチンピラめ、おまえたちもいつかはこういう風になるんだよってネ。さもなければ、こういってやるか。おい、あそこへいく若僧は、女の子と宿屋に入っていって、一晩中踊り明かした末に、ベロベロに酔っ払って二人で寝てしまうが、明日の朝は三人で目を覚ますことになるってネ。」 ~「シューベルトの手紙」O.E.ドイッチュ編 訳・解説 實吉晴夫(メタモル出版)69ページより引用
また、シューベルトは6曲作曲したミサ曲の典礼文の全てで、「一・聖・公・そして使徒継承の教会を信じ」の行を省略していることが知られている。

(2008.8.26 甲斐貴也)

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この記事へのコメント

渡辺美奈子
2008年08月26日 11:14
今回も素晴らしいページを公開してくださり、ありがとうございました。『冬の旅』解釈にまた新たな道が開けたような気がします。普通なら ich の省略と考えて疑問を持たない第2節を、命令形に訳したいと伺った時には、文法的に問題なくとも、周りに受け入れられるだろうかと心配しましたが、省察してみたところ、当を得ていて、これまで疑問視していたことが解決できるとさえ思いました。最後にいきなり登場する wir が自然な表現となりますから。問題は誰に対する命令形かということですが、第2節第1行に was es mir sagt, とありますので、自分自身ではない不特定の誰かということになります。その相手を、甲斐さんが「第三者的に見る自分」と解したのが斬新で、特に素晴らしいと思いました。この wir は、辻音楽師という解釈を複数読んだことがありますが、その辻音楽師でさえ、「第三者的に見る自分」と考えるのも可能ですね。実際シュトッフェルスが影法師と解釈しています。交唱については、私もとてもおもしろいと思いましたが、あなたに同意を得、嬉しく思います。これからも固い殻を突き破り、共に真実を追究していきましょう。
渡辺美奈子
2008年08月26日 15:32
先ほどのコメントに少し補足します。まずシュトッフェルスの解釈として、ドッペルゲンガーという意味の「影法師」について触れましたが、これは「第三者的に見る自分」に関する文脈の流れで書いたものであって、私見ではありません。次に、シューベルトの作曲が交唱(アンティフォナ)のようであるという、ボリースの解釈に関し、甲斐さんの同意を得と書いたのは、解釈そのものではなく、「解釈のおもしろさ」に対する同意です。推敲を重ねてから書くべきでした。失礼しました。
甲斐貴也
2008年08月26日 18:56
>渡辺美奈子さん
これは命令文と思いながらも、目にした十数種の邦訳の全てがichの省略と取っているので、かなり躊躇しましたが、問題なしとアドヴァイスいただいたおかげで踏み切れました。ありがとうございます。解釈についてのご高評もありがとうございます。
アンティフォナの件、第二節までは歌がp、ピアノがfであると伺いましたが、楽譜を見ると確かにそうで、あまりこのように演奏したものを聴いたことがありませんが、アンティフォナ説はかなり確度が高いのではと思えてきました。本当にいつもいろいろご教示いただきましてありがとうございます。
辻森雅俊
2008年08月27日 17:09
はじめてブログへのコメントなるものに手をつけさせていただきます。渡辺美奈子氏のHPで知り、喜び勇んで、『冬の旅』についての御論を読ませていただいております。ブログ対応に不慣れなので、プリントアウトして拝読しております。特に「勇気を出せ」へのコメントでないのでルール違反なのかもしれません(それぞれの曲に関わる想いはそれぞれの曲のコメントを利用すべきであれば申し訳ありません)。特段に「リンデの樹」、炭焼き小屋と鶏、烏について、さらにはerstorbenについて、たくさん心に刻まれるのを感じつつ拝読しております。そして、<旅と逸脱>の一覧表には感動しました。ミュラーとシューベルトとの詩の配置の違いを記した表はいくらも見てきましたが、最もすばらしいものではないかと僭越ながら思いました。ただ、私の軽々しい見方(よくあること)かもしれませんが、表では「幻惑」は「旅」の範疇となっていませんか?注釈からすれば「逸脱」ではないのでしょうか?間違っていればご寛恕下さい。
甲斐貴也
2008年08月27日 23:36
>辻森様
はじめまして、この度はコメントありがとうございます。丁寧にお読み頂きまして大変嬉しく思います。表へのご高評も感激しております。
さてご指摘の箇所ですが、「幻惑」で鬼火らしきものに惑わされた後に道を外しているものの、まだ曲そのものの段階では、街道上を右往左往しているものと考えています。そこで、位置関係に単純化したあの表では「旅」に起きました。しかし心理的には既に逸脱していますから、「逸脱」に入れることも考えられますね。ご意見ありがとうございました。

なお、お書きのように特定の詩へのコメントはその記事につけられた方が読みやすいですが、複数の話題の場合はそうでなくても良いです。
本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
辻森雅俊
2008年08月28日 02:41
了解です。よくわかりました。ありがとうございます。これ、失礼な反応の仕方であればお許し下さい。なお、ご指摘に従いまして、『冬の旅』各曲についてはそれぞれの御論のコメント送付を利用させていただくこととします。たぶん質問ばかりになるかしら、と恐縮の極みですが。しかしブログのコメントは何ヶ月も前の記事にコメントしてもちゃんと見ていただけるのですね?知らなかった。ブログアドバイザーになっていただいたようですみません。ところで、亡き母が「辻音楽師」が大好きでした。そんな思いもあり、最終曲へ向けての邦訳と御論が楽しみです。お返事ありがとうございます。今後ともたくさんお教えいただければ嬉しく存じます。なぜかシューベルトのことになると燃えるので。シューベルトのおかげでブルックナーも好きになったのでした。
渡辺美奈子
2008年08月28日 09:55
辻森さん、このブログでははじめまして。コメントを拝読し、特に次の文「特段に「リンデの樹」、炭焼き小屋と鶏、烏について、さらにはerstorbenについて、たくさん心に刻まれるのを感じつつ拝読しております。そして、<旅と逸脱>の一覧表には感動しました」には、私も感動しました。これらのページには、甲斐貴也さんの独創性が特に表れていると思います。甲斐さんのたいへんな労作である一覧表も丁寧にご覧になって高い評価をされ、さすがは辻森さんですね。これまでも、優れた着眼点で、すでに出版された書籍からいくつもの疑問点を導きだし、ご質問いただいた内容を検討すれば、その原因が翻訳者の誤訳にあったことが何度もありました。甲斐さんと辻森さんでしたら、優れた考察力でさらに作品の真髄に迫ることが可能と思います。コメント楽しみにしております。
辻森雅俊
2008年08月28日 17:12
甲斐さんと渡辺さんから、思ったことを気楽に書いただけなのにほめていただき、恥ずかしい限りです。シューベルトに関する日本語で読める資料は本当に少なくて、それらを必死に読みながら、関西人ならではの突っ込みを入れているだけなのですけれど。学生時代にもっとドイツ語を真剣にやっておけばよかったなあと思います。まあ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たることもたまたまあるだろうとは思っていますので、甲斐さん、渡辺さんには今後もお付き合いくだされば幸甚の至りです。
辻森雅俊
2008年08月28日 17:31
とりあえず、第1曲の詩についての(妙な)質問を、そのコメント欄に書きこませていただきました。そんなやり方でよろしいのでしょうか。
甲斐貴也
2008年08月29日 08:11
>辻森さん
ありがとうございます。投稿の仕方はそれで結構です。こちらこそ今後もよろしくお願いいたします。
甲斐貴也
2008年08月29日 08:38
>辻森さん

前後してしまいましたが、その前のコメントへのご返事です。
「辻音楽師」は難しいですね。これに一つの正解などなく、読むものそれぞれが自分の答えを持つしかいないものと考えています。
わたしも『冬の旅』は手探りで始め、訳しながらいろいろなものが見えてきた状態でして、ここに書いてあること以上のことを知っているわけではありませんので、いろいろお教えするなどというご期待に応えるのは難しいと思います。それよりも、辻森さんもご自身のご研究やお考えの発表の場を持たれて、情報交換していけば、双方に有益な交流が出来るものと思います。どうぞお考えになってみてください。

たとえばこのブログでしたらここに説明があります。簡単でしかも無料ですので是非お試しください。
https://webryblog.biglobe.ne.jp/guide/feature
Clara
2008年08月29日 12:00
甲斐さん、こんにちは。記事の感想ではなく、上に書かれたことに関してですが、ブログや日記へのコメントというのは、元記事に対して「従」であることが望ましいと、個人的には思っています。これについては、ブログで最近書いてますので、ここでは触れません。
ただ、このブログのような、中身の濃いものは、短いコメントでは伝わりにくいように思い、つい長くなってしまったりするのは、やむを得ない面があると思います。有益なコメントならば、元記事と合わせて読むことで、ほかの訪問者にも、参考になります。
私も、半分は、皆様のコメントと、記事作者との遣り取りを愉しみに来ている処もあります。一般読者にとっては、同じ場所で、双方の意見交換を見たいと言うことはありますね。
処で、このブログサーバー、興味があるので行ってみました。作るのは簡単ですが、「著作権」の項で引っかかる処があり、見送りました。「冬の旅」と関係ないコメントでごめんなさい。
Clara
2008年08月29日 12:03
字数制限と、タグ不能に引っかかって、途中、表示されていない処があります。
私のブログのURLは別に見なくてもいいことなので、無視して下さい。
失礼しました。
甲斐貴也
2008年08月29日 13:05
Claraさん、ご意見ありがとうございます。コメントは「従」、正論と思います。なお、コメントの内容で有益なものは、後日元記事あるいはHP本体に反映させることもあります。
辻森雅俊
2008年08月29日 19:35
Claraさんへ。もし、私のブログへのコメントの扱い方がまずかったのなら謝ります。私のコメントは「従」でなかったのでしょう。Claraさんの記されたサイトも拝見いたしました。私にはよくわからないことが多いようで、ブログって難しいのですね。こんなコメントをここで書かせていただくことを申し訳なく思います。すみません。
Clara
2008年08月30日 01:14
辻森さん、逆の意味に取られてしまったようですね。私は辻森さんのコメントに対して批判したのではなく、むしろ甲斐さんが、辻村さんに、ブログを奨めておられることへのコメントとして書いたのでした。ブログは、使い慣れた人には、幾つでも簡単に作れますが、案外とそうでもないこと、コメントしたい記事に出会ったときは、私もコメントしてしまうのですが、私自身は、コメントが下手なので、辻森さんのように、的確なコメントをなさる方と、甲斐さんの遣り取りを、見せて頂くのも、一般読者としては楽しみだと申し上げたのでした。「字数オーバー」の警告が出て、文面を削っているうちに、どうも、趣旨のおかしなコメントになってしまったようです。こちらこそ、大変申し訳ありませんでした。
辻森雅俊
2008年08月30日 02:21
Claraさんへ。了解しました。確かにブログを奨められていることにいささか驚いたので、私のコメントの利用がおかしいのか、それを指摘されたのだと思ってしまったのです。お心遣い痛み入ります。  ☆甲斐さんへ。ブログ上で私の所為でシューベルト以外の話題でスペースを使ってしまいました。申し訳ありません。その他、読まれている方にも申し訳なく思います。Claraさんにも不要なお気遣いをさせてしまいました。<メッセージを送る>を使って甲斐さんへの質問は後刻送ってみます。それも正しい使い方かどうかわかりませんが。さて、シューベルトに話を戻しますと、聖職者の情けない姿の描写は、モーツァルトの手紙にも観察されており、私は19世紀だけではなくいつの時代にも同じ問題は見る人は見ていたと思っています。キリスト教史で蒸し返されるドナティスト論争を引き出すまでもなく、どこかの島国のどこかの聖職者も同じではないかしら、と。だから千の風が舞い起こるのでしょうか。私は個人的にはシューベルトは言われるほど反キリスト教ではなかったと推察しています。これはまた難しい問題ですが。
Auty
2008年08月30日 16:14
http://plaza.rakuten.co.jp/Papagena48/
diaryall

たびたびすみません。
Papagena48/の後に改行せずdiaryall
を続けてください。
先のコメントでうまく入力できませんでした。
甲斐貴也
2008年08月31日 09:43
>辻森さん
お気遣いありがとうございます。ちなみにわたしのメールアドレスは UGJ23993@nifty.com ですので、なにかありましたらこちらにご連絡ください。
わたしもミュラーはともかくシューベルトが「反キリスト教」とは思いません。教会のあり方への批判はあるにしても。深い信仰心を持つが故のことかもしれませんね。ちゃんと調べないとこれ以上なんとも言えませんが。

>Autyさん
すごいですね! あっという間に追い越されてしまった(>_<)笑
辻森雅俊
2008年09月01日 18:58
シューベルトが決して単純な反キリスト教主義者でなかったことは、A・ヒュッテンブレンナーの証言を疑わなければですが、それは別としてもシューベルトのミサ曲やヨハネ福音書の散文にまで作曲をしたことなど、いえいえ、それ以上に、彼の曲に耳を澄ませれば、そうややこしいことではにように思います。因みに妙にペテロの拒否と鶏の話を持ち出す某論文は私には全くいただけない次第。
 それよりもなによりも渡辺さんの訳詩への盗用にすばらしい働きをされたとか、すばらしいすばらしい。
甲斐貴也
2008年09月02日 08:46
>辻森さん
さすが卓見ですね。大いに参考にさせて頂きます。ミュラーとシューベルトの『冬の旅』の違いはそこにありそうな気がしています。「旅籠」「幻日」につけらた音楽は、祈らないミュラーに代わってシューベルトが祈っているかのようだということを、一両日中掲載の「幻日」のコメントに書きました。わたしもそのペテロの話はまったくピンと来ず困っています(笑) 
甲斐貴也
2008年09月02日 08:57
さてこの曲の演奏ですが、色々聞いてみたところヘルマン・プライとビアンコーニによるもの(デンオン)が非常に良いです。というのは、前半でfのピアノとpの歌が交代する部分、ここをちゃんとpで抑えて歌っている珍しい演奏だからで、聖職者と合唱のアンティフォナ、交唱という効果がよく出ています。ほとんどの演奏は歌も豪快になっていて、「嵐の朝」について言われる「酒場の男声合唱」みたいですが、楽譜に忠実に演奏すると非常に面白い。シューベルトによるアンティフォナを模した作曲と言う説、相当に確度の高いものと思えてきました。


辻森雅俊
2008年09月02日 15:02
プライとビアンコーニのCDを聴きなおしてみます。アンティフォナ説を実感できそうで、楽しみです。気がつきませんでしたから。ただ、プライの歌唱のすばらしさに圧倒されてばかりでしたから。サヴァリッシュとの演奏と聞き比べてみましょう。因みにサヴァリッシュのピアノは大好きなのですが……。
辻森雅俊
2008年09月05日 19:36
 残念ながら、私の耳ではプライとビアンコーニの奇抜さがあまりよくわかりませんでした。むしろサヴァリッシュとの演奏がフィットしてしまいました。それよりもひとつお尋ねさせてください。アンティフォナをなぜシューベルトは他ではないこの曲で使用したのでしょうか。詩から見ればそうする必要性は感じないのが普通でしょうし。しかもアンティフォナは、たぶんキリスト教では見過ごせない重要な形式であろうかとも思いますので。不思議なのです。
辻森雅俊
2008年09月11日 16:55
少し無知なままで考えてみたのですが、どうもこの曲はアンティフォナにも聞こえるけれど、実際の多くの演奏を聴いていると、舞曲に聞こえるなあ、と。踊れますよ。日本的な言い方をすると、おっぺけぺ~節にも少し似て、どこか滑稽にも聞こえなくはない。でも悲壮な滑稽さかしら。少し調べると、『枝の主日の6つのアンティフォナ』(D696)というのがあるので、彼の歌曲全集のCDを探したが残念ながらなかった。どんな曲なんでしょう。
甲斐貴也
2008年09月12日 08:54
>辻森雅俊さん
プライとビアンコーニ、ぴんと来ませんでしたか、それは残念。で出しのところでピアノ(f)、歌(p)の指定を生かし、抑えて歌っている様に思ったのです。他の演奏はほとんど歌がmf~f、pで始まっても「歌う」のところでfになるように思いました。サヴァリッシュのピアノはわたしも大好きです。本当に「巧い」ピアノですよね。

なぜアンティフォナにしたのかまでは、現時点わかりませんので是非ご自身で探求なさってください。『枝の主日の6つのアンティフォナ』(D696)ご教示ありがとうございます。これは聞いてみたいですね。ネットで見ると四声部混声合唱、無伴奏(1820・4)とのことです。

アンティフォナより舞曲に聞えると。すると「舞踏の聖化」ですね。気を取り直して踊りながら歩くというのも元気が良くて良いかもしれませんね。

辻森雅俊
2008年09月12日 16:59
お返事ありがとうございます。
私にこの曲が舞曲に聞こえるのは多くの演奏がそういうふうだからなのでしょう。その意味でも私にはうまくまだ聴き取れていませんけれど、プライの歌唱が示唆的なのかもしれません。調性的にいうとどうなるのでしょうか、私にはその後の第23曲、終曲へと地下へもぐっていくように聴こえるのですが。それは原詩とは異なる印象になるのでしょうが。

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