ゲーテ生誕259年記念投稿六篇

本日8月28日は、ゲーテの259回目の誕生日に当たります。その記念ということで、渡辺美奈子さんから『ファウスト』によるシューベルト歌曲三篇、フランツさんからシューベルトとブラームス各一篇のご投稿を頂き、それにわたしの一篇を加えました。是非ご覧ください。藤井さんもご投稿の予定です。(甲斐貴也)

シューベルト:「トゥーレの王」
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Schubert/S1911.htm
シューベルト:「糸を紡ぐグレートヒェン」
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Schubert/S1912.htm
シューベルト:「外壁の内側に沿った小路にいるグレートヒェン/ グレートヒェンの祈り」
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Schubert/S1913.htm

シューベルト:「あらゆる姿の恋人」 
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Schubert/S1914.htm
ブラームス:「たそがれが上方から降り来て」 
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/B/Brahms/S1915.htm

ヴォルフ:「ミニヨン」
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/W/Wolf/S1916.htm

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この記事へのコメント

辻森雅俊
2008年08月28日 20:17
「トゥーレの王」をたまたま今日聴いていました。渡辺さんの御論も読み返しつつ。聴いていたのは、プレガルディエンとシュタイヤーのCD。古風なシュタイヤーがどこか好きで、それを突き抜けるプレガルディエンの声を何度も聴いています。しかし、本当にすごいのは、シューベルトの曲、それ自体なのでしょう。シューベルトを無視したゲーテ。この曲をちゃんと聴いたらどう思ったのでしょう。でも、もしシューベルトがゲーテに会えば、悲惨だったかもしれない。歴史はあれでよかったのかも。
渡辺美奈子
2008年08月31日 00:47
辻森さん、このたびは私の原稿を読み返しながら、シューベルトの美しい「トゥーレの王」を聴かれたとのこと。感謝します。あの古風な音楽は、詩の内容を活かしていて、特にゲーテがルター訳聖書の借用を使った「王様の眼から涙が溢れました」のところが素敵ですね。私はフィッシャー=ディースカウの歌が最も好きですが、良い演奏を教えてくださり、ありがとうございました。ゲーテとシューベルトに関しては、簡単に述べられることではありませんので、ここに書くことは控えます。
 今年のゲーテ誕生日は、甲斐さんのおかげでたいへん有意義に過ごすことができました。この場を借りて御礼します。
フランツ
2008年08月31日 01:22
甲斐さん、このような企画に参加させていただき、有難うございます。久しぶりの投稿だったので、はじめてこちらのサイトに投稿した時のような新鮮な気持ちで楽しめました。自分で選んだ作品ですが、訳が難しくて結構苦労しました。
それからヴォルフの「ミニョン」、拝見しました。自然な日本語になっていてさすがですね。"alte Brut"の箇所などうまく処理されていましたね。
近く弊ブログで発表済みのシューベルトの作品をいくつかこちらにも投稿することにしました。どうぞよろしくお願いいたします!
フランツ
2008年08月31日 01:55
渡辺さん、3曲の素晴らしい投稿を拝見しました。詩の韻律から内容の背景、さらにシューベルトが詩をどのように表現しているかなど、とても掘り下げた文章で、感激しました。
「トゥーレの王」での"Buhle"という言葉の選択、民謡を意識した自由なリズム、聖書の言葉と関連した箇所、それにグレートヒェンがこの詩を「服を脱ぎながら歌う」ことの意味など、はじめて知ることばかりでとても勉強になりました!辻森さんが書かれているプレガルディエンの演奏、シュタイアーの弾くハンマーフリューゲルの響きがほかの曲と全然違い、特殊な音栓を使っているのではと思うのですが、古風な響きになっていて驚きました。
また、「糸を紡ぐグレートヒェン」の訳を拝見して、この詩が私がイメージしていたよりもずっと官能的な内容であることに気付き、まさに目から鱗でした。
「外壁の・・・グレートヒェン」は「ギリシャの神々」同様、未完成のままで完成しているような作品だと思います。韻律によって彼女の動揺を表現しているというご指摘、詩はまさに朗読されることを想定して書かれていることを実感させていただきました。とても示唆に富んだ文章を堪能しました。
甲斐貴也
2008年08月31日 09:24
>辻森さん
コメントありがとうございます。歴史にもしは禁物とは言いますが、逆に敬愛するゲーテに良い言葉をもらえていたらとも思うと切ないものがありますね。

>渡辺美奈子さん
今回はゲーテの誕生日企画のご提案本当にありがとうございました。あなたとフランツさんの素晴らしいご投稿はもちろん、わたしもヴォルフのゲーテ歌曲集の予告を大変ふさわしい日に出来、嬉しく思っております。

>フランツさん
この度は素晴らしいご投稿ありがとうございました。拙訳へのお言葉もありがとうございます。ほとんど日数も無い無理なお願いでしたのに、立派な訳詩と記事を頂き感激しております。今から次回を楽しみにしております。
渡辺美奈子
2008年08月31日 11:30
フランツさん、ゲーテ生誕259年記念に、甲斐貴也さんも一緒にゲーテ歌曲を訳すことができ、嬉しい限りです。またこのたびは、拙稿に関する好意的なコメントに感謝いたします。韻律に関心を持って下さったこと、さすがはフランツさん、書いて良かったと思いました。細部まで詩と韻律と音楽を照らし合わせますと、この三者がポリフォニーのように層を成しており、これがシューベルトリートの詩と音楽における価値のひとつと思っております。このことは今年『冬の旅』の「おやすみ」に関する論文に書き、そろそろ出版予定です。
「糸を紡ぐグレートヒェン」に関しては、この段階でグレートヒェンが妊娠しているという誤った記述が出版されているため、ファウストとの関係が具体的にわかるよう訳してみました。「詩と音楽」への投稿では改稿すべきかと躊躇していたところ、甲斐さんが後押ししてくださったので、そのままお送りした次第です。歌ってみると後半の娘らしい激情を表すのがとても難しく、心から気に入った演奏もないので、楽譜を見るのが一番幸せです(笑)。「グレートヒェンの祈り」は「ギリシャの神々」同様、未完のまま完成というご意見、全く同感です。
辻森雅俊
2008年08月31日 22:14
ディースカウの「トゥーレの王」ももちろん感動します。確かにプレガルディエンより訴えるものは深いでしょう。ただ、何年も前に京都にプレガルディエン&シュタイアーのコンサートがあって、間近に喜んで耳を傾けていたのを思い出します。
渡辺美奈子
2008年08月31日 23:59
甲斐貴也さん、ゲーテの誕生日に良い機会を与えていただき、ありがとうございました。甲斐さんの訳で最も気に入ったのは最後の行の前半「私たちの道は向うのです」を訳したことです。この部分を訳さないものしか目にしていなかったので、あなたが訳したことで勇気づけられ、私も2008年8月27日に「道は通じています」と改訳しました(笑)。私が拙訳を公開したのは2003年1月30日、あなたはそのほぼ1年前2002年1月31日に、前の訳を公開していたそうですが、すでに例の箇所を訳していたのですね。ところで私は、あなたの訳を知らなかったのに、あなたの訳に似ていて、驚きと嬉しさを感じました。次に気に入ったのは、あなたも私と同様「ミニヨン」と書いていることです。ロマンス語系の名前で、元来は「ミニョン」と後ろにアクセントがありますが、ドイツ語では、第1音節にアクセントをつけ「ミニヨン」と発音する場合があります。私がお会いした著名な独文研究者の方々は、ドイツ人も日本人も「ミニヨン」と発音されており、なじんでいたものでした。素敵な訳詩の話で申し訳ないのですが、拙訳の盗用が複数判明しましたね。著作権が守られますよう。

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