吉田隆子 「君死にたもうことなかれ」 詞:与謝野晶子(昭和24年)
久々の日本の歌のご紹介となります。あまりに有名な与謝野晶子のこの詩、曲をつけた作曲家はたくさんおりますけれども、太平洋戦争以前から弾圧に負けず反戦と労働者階級解放のための活動を続けていた女性作曲家・吉田隆子の1949年に書いたこの作品がまずは挙げられるべきでしょう。終戦直後から作曲を構想し、完成までに4年を要した渾身の作品、忘れ去られるには惜しいということで微力ながらここに取り上げることとしました。
君死にたもうことなかれ 詩:与謝野晶子
君死にたもうことなかれ 詩:与謝野晶子
この記事へのコメント
フランス在住の奈良ゆみさんは、フランス歌曲しか歌わないのかしらと思っていました(そんな訳があるはずはないのに、偏見持ちすぎですね)のに、2009年に「歌、太陽のように・・・明治・大正・昭和に凛々しく生きた日本の女性作曲家たち」のタイトルのCDアルバムを出していたとは。
1923年生まれの母は1945年9月ころに音楽学校を卒業しました。1946年3月卒の予定が戦争中という訳で繰り上げ卒業になっていたのが終戦になり、3月卒業に戻るならもう少し学べると喜んでいたら、やはり決まっていた事らしく9月卒業となったそうです。
そんな年齢の母ならば、これらの女性作曲家や曲の事など何か知っているかも知れません。
CDの中にありました「真珠」松島つね曲は、母から譲られた楽譜にあったと記憶しています。
歌はまだ聞くことは出来ませんが、ていねいな解説を読ませていただきました。古い事柄や歌も今に繋がっていて、詩も曲も忘れないで読んだり聞いたり出来れば現代にも生き続けていくのだと思いました。
実を申しますと、初めてこの曲をペギー葉山の歌で聴いた時にはそれほど凄いとは思わず、むしろ退屈な感じすら覚えたのですが、奈良ゆみの気迫のこもった歌を繰り返し聴く毎に次第に圧倒されていったというのが本当のところです。それからです。彼女のことを色々調べてみようと思ったのは...
>詩も曲も忘れないで読んだり聞いたり出来れば
>現代にも生き続けていくのだと思いました。
ほんとうにおっしゃる通りだと思います。が、多くの作品は作者の死後、数年から十数年で忘れ去られていくのはどうしても避けがたい運命であるというのも事実。
あとに残った者が、自分が価値あると信じたものは残るように努力しなければならないのですね。私はこんな駄文を書くことくらいしかできないですが、これからもそれは続けていきたいと思います。
論文のような理屈っぽい文ですと読むのに疲れますが、藤井様の解説は興味深く楽しく拝見しています。
こちらへのコメントでなくて失礼なのですが、CD購入について書かせていただきます。
ブルガーゴーズマンのシェーンベルク、ボルコム、サティの
キャバレーソング集。ボニーとオッターの歌うツェムリンスキー「トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌」op.6等。
2枚はまもなく手に入りますが、一番欲しかったレスピーギは在庫なしでした。他をさがしてみます。
最近レスピーギの曲やトスティの「アマランタの4つの歌」を聞く機会があったのですが、時間の都合で帰らなければならず本当に残念でした。
いろいろな曲の詩や解説を読ませていただいています。
神(ちょっと違うかな?)ともあがめる梅丘歌曲会館がいつまでも続きますように。
レスピーギは確かに録音がないですね。イタリアの歌手が歌っているのはどうも柄が大きすぎて私はあまり好きになれません。せっかくですので本日1曲取り上げましたのでよろしければご覧ください。
これから多いに期待されるソプラノだと思います。
ボルコムもステキでした。魅力的な曲です。
「夜練り歩くヤツ」のグスタフ・ファルケにはシュトラウスもいつくか曲をつけているとありましたが、シェーンベルクの作曲したこのCDの曲をいくつか聞いて、R.シュトラウスのようだと言った人がありました。生年・没年が同じくらいですね。何か共通な部分があるのでしょうか。
サティの中では「ランピール劇場の歌姫」のメロディが楽しく、かつ詩もぴったりと言うカンジです。ダフェネオとこの曲が好まれるのかしら?
Brilliantoの版で対訳がないどころかタイトルすらわかりにくいので、CD販売のサイトで日本語訳をさがしました。
ワルツの歌 作品6 を訳して下さったのでしたね。
CD1枚目 4曲目の「真夜中に」もうこれは美しいメロディで女性に好まれると思いました。
ツェムリンスキーはシェーンベルクよりあとになりますが、こちらも詩の選択がとても面白いので是非とも取り上げたいと思っています。後年の作品にはラングストン・ヒューズなんていう意外な選択(残念なことに著作権が生きていて翻訳はできないですが)まであってとても面白いです。