シューベルト:『冬の旅』(7)「流れの上で」

7. 流れの上で

あんなに陽気にさざめいていた
澄んだ渓流よ
こんなに黙りこくって
別れの一言もないとは!

固い殻でしっかりと
自分を覆ったお前は
冷たくなって身動きもせず
砂地に横たわっている

尖った石でお前の
覆いに刻み込もう
愛する人の名前を
それに日付と時を

初めて挨拶を交わした日
僕が出て行った日
その名と数字の回りを
途切れた輪で囲む

心よ、この小川に
自分の姿が見えないか・・・
お前の殻の下もまた
激しく昂ぶっているのではないのか


7. Auf dem Flusse

Der du so lustig rauschtest,
du heller, wilder Fluß,
wie still bist du geworden,
gibst keinen Scheidegruß!

Mit harter, starrer Rinde
hast du dich überdeckt,
liegst kalt und unbeweglich
im Sande ausgestreckt.

In deine Decke grab ich
mit einem spitzen Stein
den Namen meiner Liebsten
und Stund und Tag hinein:

Den Tag des ersten Grußes,
den Tag, an dem ich ging;
um Nam und Zahlen windet
sich ein zerbrochner Ring.

Mein Herz, in diesem Bache
erkennst du nun dein Bild? -
Ob's unter seiner Rinde
wohl auch so reißend schwillt?


この詩は凍りついた小川の情景でありながら「水」「氷」「凍る」という語が使われていません。それが妙味と思い、多くの訳のようにそれらの語を補うことはしないで訳しました。こうしてみると第二連など、なかなかユニークな擬人化だと思います。氷の上に恋人の名前と愛の始まりと終わりの日時を刻む。三宅幸夫氏による「愛の墓碑銘」という指摘は順当なものと思います。

マーラーの『大地の歌』に取り組んでいたとき、マーラーが原詩にない感嘆符「!」を頻繁に追加していることが目についたのですが、『冬の旅』では逆に原詩にあるそれを外しているのが目につきます。マーラーの場合、ピアニシッシモのところにも書き加えるので、単純な強調ではなく心理的なものと理解はできますが、派手好みのマーラーと慎ましいシューベルトという一般的な印象に沿った差異ではあります。

それがこの詩では珍しく、第一連で原詩に無い感嘆符が追加されています。きっとシューベルトには、小川が別れの挨拶をしてくれないことが悲し過ぎたんじゃなかろうか、などと想像しています。

この詩で難しいのは、第四連の「その名と数字の回りを途切れた輪で囲む Um Nam' und Zahlen windet Sich ein zerbrochner Ring. 」という行為の解釈です。直訳で「壊れた輪」あるいは「壊れた指輪」となる"ein zerbrochner Ring."とは何を意味するのか。砕いた婚約指輪をそこに置いて去ったという見方もありますが、そこまでの仲になっていたかは疑問というところが妥当とも思えます。

ここからはまた与太話(?)ですが、"zerbrochner"という単語、あまり多く使われる言葉でないようで、googleで検索しても1000件余りしかヒットせず、そのうち一割は「冬の旅」の歌詞です。"zerbrochne"だと22000余りになりますが、これだとミュラーと同時代の著名な劇作家、ハインリヒ・クライスト(Heinrich von Kleist 1777-1811)の戯曲で我が国でも時折上演される『壊れた甕(こわれ甕)"Der zerbrochne Krug"』(1806)がなんと20000余りもヒットします。

クライストはナポレオン支配下で反ナポレオンのナショナリズムを昂揚する新聞を発行していましたが、検閲のために廃刊となり、生活苦と作品を理解されない逼塞感から、ミュラーがベルリン大学に入学する前年にベルリン近郊で自殺しています。『壊れた甕』は、若い娘に横恋慕する裁判官がその恋人の若者を陥れようとする喜劇ですが、権力の横暴を風刺するその内容といい、時代と思想のあまりの一致といい、"ein zerbrochner Ring"と"Der zerbrochne Krug"には何か関連があるのではないか・・・などと空想しています。それに、『おやすみ』の「前段」を考えるのに、『壊れた甕』の物語は大変参考になるではありませんか(笑)
(2008.3.2 甲斐貴也)

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この記事へのコメント

甲斐
2008年03月03日 13:03
追記です。Autyさんのご指摘から、ドイツ民謡に「壊れた指輪」"Das zerbrochene Ringlein"があるとわかり、調べたところ詩はアイヒェンドルフの1813年作でした。これは「壊れた指輪」に違いなさそうですが更に調べてみます。
甲斐
2008年03月04日 08:56
other_windさん、ありがとうございます!
昨晩早速探しに走ったのですが(笑)、この曲は「涼しい谷間」というタイトルでわりと歌われる曲とわかりました。そして歌詞の続きは、「もう死んでしまいたい」とか「音楽師になって旅に出て歩き喜捨を求めよう」とか「冬の旅」丸出しでした。作曲年代も同じころ、作曲者はミュラーとほぼ同年なので、「冬の旅」作曲当時のミュラーは恐らくは歌も、最低アイヒェンドルフの詩は知っていたと考えて間違いないと思います。もう少しちゃんと調べてから報告いたします。

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