『冬の旅』第四曲「氷結」の歌詞変更、「急いで間違えた」は大間違い!?

都合で『冬の旅』訳詩は今週中お休みですが、第4曲「氷結」の解釈で新事実が判明したのでお知らせします。

この曲でのミュラーの原詩の"erfroren"がシューベルトによって"erstorben"に変更されていることについて、拙訳のその曲の項のコメントでいろいろ憶測しました。正直この件はこれまで書いた中でも一番評判が悪く、全曲訳出後に取り下げることを考えていたのですが、ここに来て逆転大ホームランのような新事実が判明しました。例によって『冬の旅』研究者の渡辺美奈子さんに、自筆譜のその部分を見せて頂けないかとお願いしたところ(毎度図々しくてお恥ずかしい次第です)、2度繰り返されるその詩句の両方の画像を頂いたのですが、ご覧下さい、二度目の方の"erstorben"がひときわ濃い筆跡で書かれているのは容易に見て取れますが、その下に薄く他の文字が見えます。

画像


このことを渡辺さんに指摘したところ、シューベルトは通常訂正を、誤まった部分に線を引いて直すために、これまで気づかなかったとのこと。よく見ると、薄く見えるのは間違いなく"erfroren"であるとのことでした。詳細は渡辺さんの下記コーナーをご参照ください。

http://www.ne.jp/asahi/minako/watanabe/erstarrung.htm#doppel

この決定的証拠により、これまで言われてきた「シューベルトが急いで書き写したため間違えた」という説が誤りであることは完全に証明されると言えるでしょう。

その変更が意図的であったことは証明されたとして、その理由について、わたしはこの部分の原詩の生ぬるさを是正するための処置と推測しましたが、渡辺さんは、シューベルトが作曲当時の、体力的、精神的に落ち込んだ自分の心情を投影させたものとお考えです。このことについて考えを巡らせている時にたまたま聴きなおしたのが、ゲルネのブレンデル伴奏盤(フィリップス)で、二度目の"erstorben"が語るように歌われ、大変感動的な表現です。同じく"erstorben"で歌っているプレガルディエンやベーアの、恨みと悲しみをたたきつけるような歌唱に比し、当時のシューベルトの真情が聞き取れるかのような、悲しみに満ちたこのゲルネの歌唱、シューベルトを愛する方なら涙無くしては聴けないものと思います。わたしはこれを聴いて、歌詞変更の理由については自説を取り下げ、渡辺さんの見解を支持することにしました。

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この記事へのコメント

渡辺美奈子
2008年07月08日 07:44
シューベルトのテキスト介入に関しては、意図的なものか否か、証拠もないままに議論されてきた傾向がありますが、今回甲斐さんが、「"erstorben" の詩句の下に何か薄く見えますね」とおっしゃったことが、解決の糸口になりました。ふたつの"r"が見えたことと、"s"の上に長い筆跡が見えたのが決定的でした。 
自筆譜解読に至る前に、この書き換えを意図的なものと判断された甲斐さんの解釈も正鵠を射ていました。。
シューベルトが"erstorben"に当時の自分の気持ちを込めたという私見に同意していただけて、光栄に思います。ゲルネの歌唱が感動的であることも、甲斐さんから伺ったこと。ほんとうに涙なしで聴くことはできません。
今回のテキスト変更に関しては、『冬の旅』のみならず、シューベルトのリートに関する歴史的発見と言ってよいでしょう。現在、『冬の旅』を中心として、「ドイツ・リートにおける詩と音楽」をテーマに博士論文を執筆中ですが、このことも自信を持って取り入れようと思います。
甲斐さんの優れた着眼点によって、大きな成果が得られ、心から感謝しております。
goethe-schubert
2008年07月08日 08:04
シュトッフェルスの著書『冬の旅』は、この作品の最も詳細な研究書でしすが、彼はシューベルトのテキストを使いながらも、"erfroren" と書き換えていますね。さらに、フィッシャー=ディースカウはじめ幾人もの大演奏家が"erfroren"と歌っているにもかかわらず、甲斐さんがあえてシューベルトの意図的変更と判断したのは素晴らしいです。決して権威に頼らず、慣習に流されることもなく、ご自分の目と耳で判断し、熟考するという態度が、解決につながったと思います。最終的にシューベルトの自筆ファクシミリから決定的な証拠を出すという学究的な方法は、誰をも納得させるだけの説得力がありますね。
甲斐さんがおっしゃっていたように、プライも"erstorben"を感動的に歌っていましたが、なんと言ってもゲルネの震える声は、涙を誘います。『冬の旅』の中で、シューベルトがここに最も感情投入をしたことが伝わり、私も美奈子さんと同じように泣きました。甲斐さんも泣いたんですか?
goethe-schubert
2008年07月08日 08:27
今回のタイトル

急いで間違えた」は大間違い!?

面白いですね。いつも楽しい記事をありがとうございます。
甲斐
2008年07月08日 08:37
>渡辺美奈子様

早速の直々のコメント大変恐縮です! こちらいろいろアイデアは思いつくのですが、いつもアイデア倒れに終わるところ(笑)、渡辺さんのおかげで本来手に余るような事実の発見に行き着いたこと、大変感謝しております。シューベルトの書法についての予備知識もなく該当箇所のみ見せて頂いたことで、先入観が無かったのが幸いしました。そんな無手勝流が、渡辺さんの研究に役立ったのでしたら望外の光栄です。
また、この発見自体も嬉しいですが、シューベルト自身の名誉のために大変意義あることと思え、満足しております。この度はありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。
甲斐
2008年07月08日 08:46
>goethe-schubertさん

大変好意的なコメントありがとうございます。シューベルト自身の考えによる変更を、単なる間違いと決め付けることに疑問を感じたのが出発点でした。推測ではありますが、意図的である理由はちゃんと考えられるではないかと。それが決定的証拠で実証されたことは嬉しい限りです。
ゲルネの演奏を何回か聴いていて、気になるその箇所の解釈が素晴らしいのに気づいてから、この曲ばかり繰り返し聴きましたが、聞くたびに感銘が深まり、目頭が熱くなりました。二度目の"erstorben"を生かした解釈としては、他の演奏ではプライがまずまずですが、今のところ聴いた範囲では他は全部落第でした。ゲルネは自筆譜を参照して、この事実に気づいているのかもしれませんね。
甲斐
2008年07月08日 08:47
>goethe-schubertさん

タイトルですが、本当は

「急いで間違えた」が大間違いなのは間違いない!

にしようとして、しつこいのでやめました(笑)
musikgasse_mh
2008年07月11日 10:26
はじめまして。
どうしてもお礼の気持ちを書かずにいられなくてコメントいたします。
おそらく人生の半分以上を過ごしたであろう私は、今までにも増してドイツリートに惹かれ、このような深い思索に触れると本当に感慨を覚えます。
ありがとうございます。
甲斐
2008年07月12日 01:20
musikgasse_mhさん、はじめまして。感動的なコメントありがとうございます。重箱の隅をつつくような話と笑われないかと気にしているのですが、そう言って頂けると大変救われます。今後もどうぞお気軽にコメント頂ければ幸いです。

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